2021年4月23日金曜日

日が長くなりました ゆったりした時間を大切に

                 


ゆったりと した暮らし。時計は全部の家庭にはなかった時代、日の出とともに朝の活動を開始し、日が暮れて、家族が灯の下に集まり、一日を終える。

こうした「ゆとり」を忘れ、人々は、何かに追われるように忙しくしている現代。この「忙」しいの字体が示すように、心を亡くした状態になっていないでしょうか。

この絵本「よじはん よじはん」は、小さな女の子が母親から、時計のある家に行って、「今何時かを」聞いてくるように言われます。たずねられた家の親切なおじさんは、どれどれと柱時計を見に行き、「よじはんだよ」と言います。

女の子は忘れないように「よじはん、よじはん」言いながら帰る途中で、足元の草花や、自由な犬や小鳥たち、さまざまなものに,心を寄せ,関わり、ついつい道草をして過ごしてしまいます。でも時々「よじはん、よじはん」と忘れないように繰り返します。

やがて日が傾いて来ます。そこで少女は急いで家に帰り「おかあさん、よじはんだよ」と伝えます。何といい絵本でしょうか。ぼくは今年77歳。妻と二人の暮らしの多い身です。のんびりと、主に使える田舎牧師として、心を亡くさない日々を過ごしたいと思う。

 

 


2021年4月9日金曜日

日本という国 聖書の神が愛する国

                    


 聖書の世界からは遠くとおく離れた東の果ての日本。神の声が、福音が一番遅れて届くような、神から見離されたような国。

しかし、どっこい。神の愛は届いています。イスラエル国家から見た、うらやましい春、夏、秋、冬の四季折々の素晴らしい自然。おいしく冷たく澄んだ水を一年中みんなが飲める国、人情も細やかで、日本昔話にあるような、おだやかな風土。四方が海で、敵国が攻めにくい国、いろいろと日本はイスラエルと比べると利点も多い国なのだ。

聖書の神は、イスラエル民族同様に、日本人をも深く愛しておられる。その証拠の代表が、この春の自然の素晴らしさだ。夏もそうだ、秋もそうだ、冬もそうだ。こんな風景や自然は、イスラエルにはない。中東にはない、エジプトにもない。遅くは届いたが、聖書の福音は確実に、ここ日本人にも来ているのです。聖書を読みましょう。教会に出席してみましょう。キリスト教関連の本も読んでみましょう。聖書の神の声に耳を傾けましょう。

 桜が咲きはじめると、道行く人々は足をとめ、その数日間は花に心を寄せます。天気に一喜一憂し、そわそわしながら満開になっていく桜を心待ちにするのはどうしてなのでしょう。いっせいに咲く桜の花には魔法のような力があるのかもしれません。満開の桜の背後に神の愛を感じませんか? ぼくは涙がでるほどかんじるなあ。歳のせいばかりじゃないよ。

しげちぁん

慈(しげる)という名前を、女の子がつけてもらった。でもこの名前は男の子の名前の様で好きになれなかった。小学校に入学した日に、男の子の名前の子は、水色の紙に、女の子の名前の子はピンクの紙に名前が書いてあり、そこに座るようになっていた。 先生は「しげる」と水色の紙に書いていた。先生は...