2019年12月3日火曜日

師走となりました。

                  
日本では、12月の年の瀬をいつの頃からか「師走」と言うようです。しかし、牧師も師走の「師」の一つなら、このわたしも走り回る忙しい人間の一人なのでしょうが、特にわたし自身に関しては、犬たちと自然の中を日々歩き回ってはいるが、心を亡くした状態で走り回ってはいないし、特に忙しいわけでもない。
この「忙しい」の漢字は、心を亡くしている状態を表す字体です。しかし、年の瀬が迫ったからと言って心を亡くして、やみくもに走り回っていてはいけません。
世間から「師」、「教師」、「先生」と呼ばれるのなら、なおさら心を乱し、亡くしてしまうようであってはいけないとわたしは思いますね。

まあ、クリスマスとか年越しそばとか、いろいろあるけれど、大晦日が終わっても、日々次の新しい日が来るわけで、赤毛のアン風に言うなら、まだ失敗していない、真っ新な新しい朝が、一日が待っているのです。だから大晦日でこの世が終わるわけではない。
しかし、本当のこの世の終わり、終末の時は、そう遠くない日に来るかもしれません。聖書は預言しています。まず「携挙」が起こります。教会が天に挙げられる日です。この「携挙」について、おもしろい本が二冊、いずれも電子書籍(kindle版)で、試し読みをして、今回は購入した。
この年の瀬から新年にかけて、読める時に読もうと思う。わたしたちは、何に備えなければならないかを、聖書に聞くことは、とても大切だと思う。
                     

2019年11月14日木曜日

いじわるブッチー

               

子どもが地面に転び、泣き出すと、近くにいた母親や兄弟が痛い所をさすったりして、「いたいのいたいの、飛んでケー!」と言う。すると不思議に泣き止む。
こんなことが、我が子たち五人が小さい頃に、また幼稚園長時代に、ぼくはよく出合った。

ぼく自身、時折り足の親指などを固い角にぶつけ、「うーっ」とうなり、泣きそうなほど痛い時があると、片足ケンケンジャンプなどして、「痛いの 飛んでケー」と半泣きで言うこともある。

この絵本「いじわるブッチー」のブッチーは顔つきからして、いじわるな子である。ところが、このブッチーの母親と、このブッチーのいじわるにいつも悩まされている女の子の母親はとても仲が良いのだ。

だからいじわるブッチーは、母親といつも遊びに来る。そしていつものようにいじわるをするのだ。そこでいじわるをされる女の子は、いっそうのことブッチーはロケットに乗せて、どこかの星へ行ったらいいのにと考える。いやー、そういう人っているかもねー!

ああゆうやつは、何万光年も彼方の星へ行ってくれないかなーなんてね。そんな絵本です。絵本というと「良いこの絵本」が多い中、これは図書館で目にした、いじわるっ子の絵本です。めずらしい絵本です。

2019年10月22日火曜日

ユダヤ人を命がけで救った人々

                    

安曇野図書館の新刊本コーナーで目にして借りて来たのがこの本である。

1997年にサイマル出版会から刊行された『思いやる勇気―ユダヤ人をホロコーストから救った人びと』を復刊したもの。

ナチスから迫害されたユダヤ人を助けた人として、杉原千畝、オスカー・シンドラー、ラウル・ワレンバーグが有名であるが、本書に登場するのは基本的には、例えばフランスの農村の人だったりする。無名の多くの人々の証言が記録されている。助けたことを知られれば殺されるのに、ユダヤ人を助け、食べ物を分け与えたりしたヨーロッパの各国の勇気ある人々は、人間らしい心を、困難な状況下でも失うことなく、暗黒の中に一条の希望の光を放っている。

そんな中に、プロテスタント教会の牧師なども含まれていた。ユダヤ教徒をキリスト教に改宗させようなどの下心はなかった。聖書の社会観は「同胞が傷つき、苦しみ、虐待されているとき、黙って傍観していてはいけない」という原則に支配されている。しかし、祭司職の中には密告した者もいた。

しかし、驚くのはユダヤ人たちに救いの手を差し伸べた多くは、ごく“普通の人”だったこと。出来ることを注意深くしただけだった。目の前にいる人が窮地に立たされていることを知った時、手を差し伸べずにはいられなかったのだ。本書を読む限り、彼らの意識のなかでは、ユダヤ人を助けることは、我が兄弟たちを助けることだったのだ。

「そうしないではいられなかった」との言葉や「人として当たり前のことをしただけ」の言葉は、尊い誰かに背を押されて出た言葉であり、行為であったと感じるのはわたしだけだろうか。

本書 ホロコーストの意味のページでエリ・ウィーゼルが記している中から一文を載せておきたい。
【覚えてほしい。人命を救うのは難しい事ではないのだ。見捨てられた子どもに情けをかけるのに、雄々しくなる必要も夢中になる必要もなかった。ただドアを開けるだけ、パン一つ、シャツ一枚、硬貨一枚、投げてやるだけでよかった。同情するだけで】。

                   

一読をお薦めしたい。

2019年10月16日水曜日

PAUL apostle of Christ

                      

DVDを借りるのは久しぶりのことだが、映画「パウロ」をDVDで観た。何度も目頭が熱くなった。前から気になっていた映画だったが、やはり借りて来てよかった。聖書に親しんでいる者には、新約聖書に収められているパウロ書簡についての知識があると思う。

この映画の中でのパウロの言葉は、すべて彼の書簡に収められている真理のことばであり、その多くを筆記したのがギリシャ人キリスト者ルカである。ルカは医者であり、ローマのネロ皇帝下での迫害下で医師としても使命を果たす。この医者ルカを助手的に支えたのがアキラスとプリスカであり、その様子も描いている。


内容概要…【紀元67年、ローマの街を大火事が襲った。
皇帝ネロはキリスト教徒による放火とし、首謀者としてタルソのサウロ(別の名をパウロ)を逮捕した。
牢獄に入れられたパウロを医者ルカが訪ね、ルカはパウロの言葉を書き記していく。
ネロの迫害は激しさを増し、アキラとプリスカにかくまわれているキリスト教徒の中には、剣を取ってローマ軍に立ち向かおうとする者もいた。
そんな彼らに、パウロは暴力ではなく愛をもって戦えと訴える。
捕らえられ、殉教していった弟子たちに続き、パウロにも運命の時が迫る】
この映画では、パウロはネロ皇帝の元、ローマの街に火をつけた大火事の首謀者として捕らえられ、最後は斬首されたとの立場で描かれている。
ぜひ皆さんにも観ていただきたいと思う。

2019年10月2日水曜日

一枚のメモメッセージ

                   
やや暑かった一日の終わり、暮れて行く窓の外にまだきれいに咲いている花壇の色鮮やかな花々を見ていた。この春先に庭に来る蝶たちのことを思って植えた。

少し奥の方に目をやると、紫の小さな花をいっぱいつけたファーブも目に入った。昨年の11月頃だったろうか、庭の草刈りをしていて、このファーブをみんな刈ってしまった。その時小さな蜂が低く逃げていく姿に、ぼくは「しまった!」と思った。

庭には、その花しかなく、「逃げて行ったあの蜂は明日から他の場所で蜜を探さなくてはならないんだなー」と思った時、ぼくの心は後悔で悲しくなった。
それで、今年は何回かの草刈りでは、このハーブを決して刈らないで残しておいた、だいぶ増えて、良い香りを放っている。小さな蜂も時々姿を見せる。
このハーブは11月中旬頃まで小さな青紫の花をつけて、寒さにも強いようだ。そんなことを思っていた。

そして手元のスマホを手に取り、ヤフーの今日のニュース項目をザーっとスライドしながら見て行った。ふと目に留まったのが、ツイートに投稿した台湾の女性のものだった。以下に全文と写真を載せておきます。

大学生向け匿名掲示板「Dcard」に投稿された内容だ。ある女性がバスでアルバイトに向かっていた時だった。
家庭のことで落ち込んでいた女性は、音楽を聴きながら思わず泣いてしまったそうだ。他の乗客に変な目で見られていたのではないかと心配したが、バスを降りる際、見知らぬ男性からメモを渡されたという。

しかし泣き顔を見られないように急いで降りたため、相手の顔はよく見ず、軽く笑みを返しただけだった。
女性が仕事を始める前にメモを開いてみると、そこには励ましの言葉が書かれていた。
「私もよくバスで泣くことがあります。君が泣いているのを見て心が痛くなった。どんなことがあったとしても、きっと良くなるから! 傷ついてもいい。でも、その後は楽しく過ごそう。あなたに幸せが訪れますように」
これだけでも十分心温まるメッセージだが、女性はメモを裏返して、また泣きたくなってしまったという。それは心療内科の領収書で、男性の名前や年齢、処方された薬が記載されていた。処方されたのが睡眠薬や抗うつ剤だったことに感じ入った女性は、投稿の最後に「あなたもとても悲しんだことがあったのでしょう。傷ついてもいい。でもその後は楽しく過ごしましょう。ありがとう」と、メモをくれた見知らぬ男性へのメッセージを綴った。
心に傷を負う者同士の励まし合いに約29,000人のユーザーが感動。「ほっこりする」「いい人だ。頑張れ」「私もここからあなたの生活がどんどん良くなることを祈ってます」などのコメントが寄せられた。≫
このニュースにぼくも感動です。明日からの生活の力になります。そして寒さに向かうこれからの季節、小さな蜂さんたちも頑張ろう。ぼくも頑張る。                 

2019年9月30日月曜日

世界の始まり 創世記に学ぶ

                         

ヘンリー・M.モリス著「世界の始まり-創世記1-11章を科学から見る」をアマゾン経由で購入した。この本を知ったのはアメリカのJon Courson牧師の説教の中で紹介していたからである。
聖書の記述を文字通りに神の啓示の書として受け止める信仰に、わたしは聖書神学を深める中で持つようになっている。神学校時代は違った。学生の頃はドイツの神学者たちの神学書を読み、言わば自由主義神学の立場で、聖書のことばをとらえ、解釈学に走っていた。
しかし、ここ数年は日本ではファーベストタイムの中川健一牧師、そしてアメリカではpastor Jonの解説に共感することが多く、素直に聖書の御言葉に向き合うようになり、自分の信仰が急速に進んだように感じている。
そんな中で、科学から考察したモリス博士の書は、まだこれから読むことになるが、期待するところが多い。このブログで、要点を今後紹介できればと思っている。
                        
英語原本に以下のような紹介文がありました。
In The Genesis Record , the reader is conducted by a capable guide through the important corridors of earth's early history, providing the background so necessary in understanding all of Scripture.
創世記の記録は、創造論者の科学者によって書かれた創世記の完全な解説です。
重要な詩ごとの分析ではなく、物語の解説として書かれています(すべての重要な歴史的および科学的問題に関する議論は物語に織り込まれていますが)、 創世記の記録は神学的に訓練された人にも素人にも等しく有用です。
モリス博士は、創世記の最初の11章は残りの39章と同じくらい歴史があると確信しています。 この信念は、単に信仰だけでなく、創世記の科学的側面の長年の研究と、他の多くの科学者や神学者(創​​造論者と進化論者の両方)との意見交換に基づいています。創世記の記録では、読者は地球の初期の歴史の重要な回廊を通して有能なガイドによって行われ、聖書のすべてを理解するのに必要な背景を提供します。


2019年9月16日月曜日

彼の手はム語りつぐ

                   
安曇野図書館の外国の絵本コーナーで目にしたのが、この絵本「彼の手は語りつぐ Pink and Say 絵と文 Patorisia Polacco」である。

大型絵本であり絵もいい。この作品の舞台は、1861年~1865年に行われたアメリカの南北戦争です。おなじアメリカ人同士が血を流しあった戦争でした。

奴隷制度廃止をかかげる、リンカーン側の北軍に属した白人と黒人の少年兵の出会いから始まる実話が、子へそして孫娘へと語り継がれ、その語り継がれた内容を重視して文が書かれ、絵が描かれ一冊の絵本になった。

二人の少年は敵の南軍に捕らえられ、引き裂かれる時、白人少年セイの手を握ろうと、黒人少年セイは手を伸ばす、そのセイの手はリンカーンと握手したことの手でした。

この著者はぼくと同じ1944年に、ミシガン州ランシング生まれである。日曜礼拝の中で、子どもタイムで、みんなに読み聞かせしようと思っている。
                   



日本キリスト教会 豊科教会 牧師丸山文雅

 〇豊科教会の礼拝は 日曜日午前10時15分からです。 〇礼拝前の9時45分~から30分間は、讃美歌をたくさん歌います。 〇どなたも自由に出席ください。場所はJR大糸線の豊科駅のすぐそばです。徒歩一分。 駐車場は広い庭をご利用下さい。礼拝が終わるのは11時前後です。礼拝後は、お茶...