2019年6月7日金曜日

人工動態統計に見る未来

2019年6月7日「日本経済新聞」に載った記事の概要と表を以下に記しておきます。

厚生労働省が7日に発表した人口動態統計によると、2018年に生まれた子どもの数(出生数)は91万8397人で過去最低を更新した。3年連続で100万人を割った。1人の女性が生涯に産む子どもの数にあたる合計特殊出生率は1.42と、17年から0.01ポイント下がった。低下は3年連続だ。晩産化や結婚をしない人が増えている影響が大きい。」
ぼくが生まれた1944年(昭和19年)は中学生の時一クラス50人で九クラスあった。成人式の人数は200万人以上であった。まあ単純に人数が多ければいいとは言えないが、ぼくの少年時代、青年時代には未来への夢があり、現代より活気があったなあ。ぼくにとってはいい時代だったとハッキリ言える。そのぼくは、妻も元気で、子ども五人を育て終わり、今は孫七人のじいじである。一番上の孫は来年大学生になる歳だ。

聖書的に見ると、時代は増々悪くなるとぼくは見ている。この世に悪がさらにはびこる。しかし、希望は捨てていない。聖書の神の言葉に生きる者に絶望はない。
主イエスを信じる信仰によって、➀罪からの解放 ②悪魔の支配からの解放 ③死からの解放を約束されているからだ。罪許され義とされ、サタンのウソと誘惑を退け、死後に続く永遠の命を約束されているからだ(ヨハネ福音書8章)。
この福音を伝えるのが、ぼく(日本キリスト教団豊科教会牧師)としての使命である。




2019年5月28日火曜日

ジョン万次郎の生涯

                 
日曜礼拝に出席する幼児や小学生、それと中学生向けに、子どもタイムと称して礼拝の中で、初めに10分以内で絵本や伝記本を視聴覚教材にして、子どもたちに近づいた位置で語る時間を持っている。大人の方々もにこやかに聞いて下さる。
5月26日(日)は、伝記本「ジョン万次郎」を手に、その概略を紹介し、時代の風潮や人の目や耳を気にせず、自分の信じるところを誠実に生きた「ジョン万次郎」の生涯を語った。アメリカの牧師や大型漁船の船長や乗組員との素晴らしい出会い。鎖国政策を続けていた古く封建的な時代の日本人の心の狭さなどを打破して、新しい時代に向かった万次郎の勇気や誠実な言動などを語った。そうなんだ。わたしたちは天を見上げ、創造主なる方にのみ従う心こそが、真に新しい時代を切り開いて行くんだと教えられる伝記である。
鎖国が解かれ、サンフランシスコに向かった時の日本の艦船の実質的船長は勝海舟ではなくジョン万次郎であった。万次郎は日本語の読み書きも学んだことのない少年だった。英語も実生活の中で耳から学んだものだった。九歳で父親を失った貧しい漁夫の万次郎は14歳で初めて漁船に乗る。そして難破、無人島に流れ着いてからの数奇の運命。この伝記から学ぶことは多い。

2019年5月14日火曜日

梅雨入りを告げる天の声 雷鳴

                  
一週間振りに伊那高原の自宅へ帰って見ると、先週に植えていたプチトマトの三本の苗が完全に枯れていた。近隣の農家の方々も、夏日が続いた異常気象で今年は全て植えなおしとなる家が多いらしい。
我が家は庭の片隅の本当に小さなミニ菜園だからいいが、広範囲の畑では大変であろう。今年は少しの菜の花とネギがあるだけのミニ畑。その横に友人からもらった行者ニンニクのカブが三か所に植わっているが、これは枯れることはない。
心配なのは教会の庭のやはりミニ畑のことだった。
こちらには、普通トマト二本、プチトマトをそれぞれ二本ずつ。ツルムラサキを三本。それにキュウリを二本、それに二十日大根の種も蒔いた。シシトウも植えた。
これが全滅したら大変だ。伊那での眼科定期検診を終えたら水曜日には急いで安曇野へと思っていた時の突然の雷鳴。
しかし、少しばかりの雨にガッカリ。予報通り今日から明日にかけて本格的な雨量にならない時は、冬タイヤから普通タイヤに交換したら安曇野へ向かおうと思っている。
人間に水が必要なように、他の動植物にも欠かせないのが「水」である。
暑い夏が大好きわたしである。日中はギラギラと夏の太陽、青い空、白い雲、そして昔の様に夕方にはキッチリと雷雨が来てほしい。たのむよ!入道雲と雷さん。

2019年4月18日木曜日

ナナカラ山ものがたり

                 
これも安曇野市図書館から借りて来て読んだ絵本です。大型本で絵がとてもいい。ナナカラ山に住む動物たちの五つの物語が、この一冊で語られています。いちばんおもしろかったのは、流れ者のネコの話。
素晴らしい自然と素晴らしい動植物のいるナナカラ山に流れ着いた猫は、ここの素晴らしい水に感動します。
しかし、その水を大切にしないで、わがまま放題に無駄遣いして、他の動物たちに何回も注意されるのですが、こんなに水があるんだんらと、聞く耳を持ちません。
さあ、どうなる。水は全ての命を支える貴重なものです。大人も絵本を開き、五つの物語の世界へ旅してみましょう。
                    

2019年3月31日日曜日

図書館で出会った「ピアニストの兵隊さん」

                    
安曇野市図書館の新刊本コーナーで目にして借りて来ました。文も簡潔でいいが、カラーの当時を彷彿とさせる絵が実にいい。挿絵が多く、絵本に近いノンフィクションの本である。この本を書いたのは主人公絢子の娘博子さんである。この本の終わりに古畑絢子(旧姓金森)の残したうたがある。
兵なれば ピアノ弾く手に銃を持つ 敵も味方も 憐れ戦は
この本の著者古畑博子さんは松本市生まれ、ここ安曇野市でも教職にあった方で、親しみを持って一気に読みました。図書館には素敵な出会いを待っているたくさんの本がある。今回もいい出会いに感謝している。

2019年3月18日月曜日

絵本 One Morning in Maine

                

大型絵本日本語訳では「海辺のあさ」の原本英語版を安曇野市の図書館で目にして読んでみました。英語力のないわたしなので、スマホの翻訳アプリを利用しながら読みました。五歳とか六歳ごろに、こどもの歯から、大人の歯にぬけかわる時期があります。


主人公のSalと妹のジェインとやさしい両親家族は海辺の家に住んでいます。ある朝、サルは歯がグラグラしていることに気づき、ビックリ!
母親からはお姉さんになる証拠だといわれます。海辺のアザラシや鳥たちにも、自分の歯に起こった変化を話します。
日常の出来事をみごとな味のある絵と文で描いた絵本としては長編です。まあ長編と感じたのはわたしに英語力がないためだったかもしれません。

抜けた歯を枕の下にして眠ると願い事がかなうと母親が言っています。わたしが子どもの時は、抜けた歯が下なら屋根に、上の歯なら縁の下に投げるとまた歯が生えて来ると友達と話していた時のことを思い出しました。

難しい単語と、その訳のページがあったので以下に記しておきます。
wiggle out of (身をくねらせて〜から抜ける)、wiggle
(小刻みに動く)、come out (抜ける)、clam (ハマグリ、
アサリなどの二枚貝)、fish hawk (ミサゴ)、loon (水潜り鳥)、
duck (ひょいと頭を引っ込める)、herring (ニシン)、seal
(アザラシ)、stoop (かがむ)、mussel (イガイ)、solemnly
(真面目に)、wade (水中を歩く)、gravel (砂利)、grunt
(〜をうなるように言う)、concerned (心配そうな)、
sympathize (気の毒に思う)、pebble (小石)、hunt (探す)、
reluctantly (しぶしぶ)、scramble (急いで〜する)、
convince oneself (自分を納得させる)、tumble (落ちる)、
preserver (救命道具)、outboard motor (船外機)、
sputter (プッスンプッスンと音を立てる)、ashore (岸へ)、
plier (ペンチ)、tunk (トントン打つ)、spark plug
(点火プラグ)、dictate (指図する)、ruin (損なう) 
くらいでしょうか。
*アマゾンのサイトでは中身が少し見られます。
               

                

2019年3月4日月曜日

島崎藤村

                 
安曇野市図書館から島崎藤村の伝記本を借りた。挿絵がたくさん入り、読みやすい伝記本である (信濃の伝記シリーズ3郷土出版社刊)。

わたしの高校時代の国語の教師馬場八之進先生は九十一歳の時に、わたしたちの同級会に出席して下さった。戦争で右腕を失い、国語の授業ではコツコツとチョークの音を響かせて黒板に左手で文字を書く姿が印象的だった。

クラス会の席で「先生は学生時代にどんな本を読んでいたんですか?」と聞くわたしに馬場先生は島崎藤村の作品をよく読んだと言った。

たまたま図書館で藤村の伝記本を目にして、すでに亡くなってしまった馬場先生の言葉を思い出し、借りて来た。またネットで藤村の生涯について調べると以下のような一文もあった。


「共立学校(現・開成高校の前身)など当時の進学予備校で学び、明治学院本科(明治学院大学の前身)入学。在学中は馬場孤蝶戸川秋骨北村季晴らと交友を結び、また共立学校時代の恩師の影響もありキリスト教洗礼を受ける。学生時代は西洋文学を読みふけり、また松尾芭蕉西行などの日本古典文学も読み漁った。」

「また教師時代に教え子の佐藤輔子を愛し、教師として自責のためキリスト教を棄教し、辞職する。その後は関西に遊び、吉村家に戻る。1894年(明治27年)に女学校へ復職したが、透谷が自殺。さらに兄・秀雄が水道鉄管に関連する不正疑惑のため収監され、翌年には輔子が病没。この年再び女学校を辞職し、この頃のことは後に『』で描かれる」。などの記事が見られた。

いいことも不道徳といわれることも、いろいろあるのが人生である。伝記は少年少女時代にいっぱい読むことによって、自分の人生の指標ともなる。わたしが勤務した大阪水上隣保館やバット博士記念ホームで出会った子どもたちに、安曇野の幼稚園で出会った多くの幼子たち(教え子たち)にも、いろいろな伝記本を手にして読んでほしいと思う。


日本キリスト教会 豊科教会 牧師丸山文雅

 〇豊科教会の礼拝は 日曜日午前10時15分からです。 〇礼拝前の9時45分~から30分間は、讃美歌をたくさん歌います。 〇どなたも自由に出席ください。場所はJR大糸線の豊科駅のすぐそばです。徒歩一分。 駐車場は広い庭をご利用下さい。礼拝が終わるのは11時前後です。礼拝後は、お茶...