2019年5月14日火曜日

梅雨入りを告げる天の声 雷鳴

                  
一週間振りに伊那高原の自宅へ帰って見ると、先週に植えていたプチトマトの三本の苗が完全に枯れていた。近隣の農家の方々も、夏日が続いた異常気象で今年は全て植えなおしとなる家が多いらしい。
我が家は庭の片隅の本当に小さなミニ菜園だからいいが、広範囲の畑では大変であろう。今年は少しの菜の花とネギがあるだけのミニ畑。その横に友人からもらった行者ニンニクのカブが三か所に植わっているが、これは枯れることはない。
心配なのは教会の庭のやはりミニ畑のことだった。
こちらには、普通トマト二本、プチトマトをそれぞれ二本ずつ。ツルムラサキを三本。それにキュウリを二本、それに二十日大根の種も蒔いた。シシトウも植えた。
これが全滅したら大変だ。伊那での眼科定期検診を終えたら水曜日には急いで安曇野へと思っていた時の突然の雷鳴。
しかし、少しばかりの雨にガッカリ。予報通り今日から明日にかけて本格的な雨量にならない時は、冬タイヤから普通タイヤに交換したら安曇野へ向かおうと思っている。
人間に水が必要なように、他の動植物にも欠かせないのが「水」である。
暑い夏が大好きわたしである。日中はギラギラと夏の太陽、青い空、白い雲、そして昔の様に夕方にはキッチリと雷雨が来てほしい。たのむよ!入道雲と雷さん。

2019年4月18日木曜日

ナナカラ山ものがたり

                 
これも安曇野市図書館から借りて来て読んだ絵本です。大型本で絵がとてもいい。ナナカラ山に住む動物たちの五つの物語が、この一冊で語られています。いちばんおもしろかったのは、流れ者のネコの話。
素晴らしい自然と素晴らしい動植物のいるナナカラ山に流れ着いた猫は、ここの素晴らしい水に感動します。
しかし、その水を大切にしないで、わがまま放題に無駄遣いして、他の動物たちに何回も注意されるのですが、こんなに水があるんだんらと、聞く耳を持ちません。
さあ、どうなる。水は全ての命を支える貴重なものです。大人も絵本を開き、五つの物語の世界へ旅してみましょう。
                    

2019年3月31日日曜日

図書館で出会った「ピアニストの兵隊さん」

                    
安曇野市図書館の新刊本コーナーで目にして借りて来ました。文も簡潔でいいが、カラーの当時を彷彿とさせる絵が実にいい。挿絵が多く、絵本に近いノンフィクションの本である。この本を書いたのは主人公絢子の娘博子さんである。この本の終わりに古畑絢子(旧姓金森)の残したうたがある。
兵なれば ピアノ弾く手に銃を持つ 敵も味方も 憐れ戦は
この本の著者古畑博子さんは松本市生まれ、ここ安曇野市でも教職にあった方で、親しみを持って一気に読みました。図書館には素敵な出会いを待っているたくさんの本がある。今回もいい出会いに感謝している。

2019年3月18日月曜日

絵本 One Morning in Maine

                

大型絵本日本語訳では「海辺のあさ」の原本英語版を安曇野市の図書館で目にして読んでみました。英語力のないわたしなので、スマホの翻訳アプリを利用しながら読みました。五歳とか六歳ごろに、こどもの歯から、大人の歯にぬけかわる時期があります。


主人公のSalと妹のジェインとやさしい両親家族は海辺の家に住んでいます。ある朝、サルは歯がグラグラしていることに気づき、ビックリ!
母親からはお姉さんになる証拠だといわれます。海辺のアザラシや鳥たちにも、自分の歯に起こった変化を話します。
日常の出来事をみごとな味のある絵と文で描いた絵本としては長編です。まあ長編と感じたのはわたしに英語力がないためだったかもしれません。

抜けた歯を枕の下にして眠ると願い事がかなうと母親が言っています。わたしが子どもの時は、抜けた歯が下なら屋根に、上の歯なら縁の下に投げるとまた歯が生えて来ると友達と話していた時のことを思い出しました。

難しい単語と、その訳のページがあったので以下に記しておきます。
wiggle out of (身をくねらせて〜から抜ける)、wiggle
(小刻みに動く)、come out (抜ける)、clam (ハマグリ、
アサリなどの二枚貝)、fish hawk (ミサゴ)、loon (水潜り鳥)、
duck (ひょいと頭を引っ込める)、herring (ニシン)、seal
(アザラシ)、stoop (かがむ)、mussel (イガイ)、solemnly
(真面目に)、wade (水中を歩く)、gravel (砂利)、grunt
(〜をうなるように言う)、concerned (心配そうな)、
sympathize (気の毒に思う)、pebble (小石)、hunt (探す)、
reluctantly (しぶしぶ)、scramble (急いで〜する)、
convince oneself (自分を納得させる)、tumble (落ちる)、
preserver (救命道具)、outboard motor (船外機)、
sputter (プッスンプッスンと音を立てる)、ashore (岸へ)、
plier (ペンチ)、tunk (トントン打つ)、spark plug
(点火プラグ)、dictate (指図する)、ruin (損なう) 
くらいでしょうか。
*アマゾンのサイトでは中身が少し見られます。
               

                

2019年3月4日月曜日

島崎藤村

                 
安曇野市図書館から島崎藤村の伝記本を借りた。挿絵がたくさん入り、読みやすい伝記本である (信濃の伝記シリーズ3郷土出版社刊)。

わたしの高校時代の国語の教師馬場八之進先生は九十一歳の時に、わたしたちの同級会に出席して下さった。戦争で右腕を失い、国語の授業ではコツコツとチョークの音を響かせて黒板に左手で文字を書く姿が印象的だった。

クラス会の席で「先生は学生時代にどんな本を読んでいたんですか?」と聞くわたしに馬場先生は島崎藤村の作品をよく読んだと言った。

たまたま図書館で藤村の伝記本を目にして、すでに亡くなってしまった馬場先生の言葉を思い出し、借りて来た。またネットで藤村の生涯について調べると以下のような一文もあった。


「共立学校(現・開成高校の前身)など当時の進学予備校で学び、明治学院本科(明治学院大学の前身)入学。在学中は馬場孤蝶戸川秋骨北村季晴らと交友を結び、また共立学校時代の恩師の影響もありキリスト教洗礼を受ける。学生時代は西洋文学を読みふけり、また松尾芭蕉西行などの日本古典文学も読み漁った。」

「また教師時代に教え子の佐藤輔子を愛し、教師として自責のためキリスト教を棄教し、辞職する。その後は関西に遊び、吉村家に戻る。1894年(明治27年)に女学校へ復職したが、透谷が自殺。さらに兄・秀雄が水道鉄管に関連する不正疑惑のため収監され、翌年には輔子が病没。この年再び女学校を辞職し、この頃のことは後に『』で描かれる」。などの記事が見られた。

いいことも不道徳といわれることも、いろいろあるのが人生である。伝記は少年少女時代にいっぱい読むことによって、自分の人生の指標ともなる。わたしが勤務した大阪水上隣保館やバット博士記念ホームで出会った子どもたちに、安曇野の幼稚園で出会った多くの幼子たち(教え子たち)にも、いろいろな伝記本を手にして読んでほしいと思う。


2019年1月30日水曜日

The Snow Goose

 

「スノーグース」を一時間ほどで読んだ。内容も絵もとてもいい。著者ポール・ギャリコ、絵アンジェラ・バレットである。この作品は1940年に「サタデーイブニングポスト」に発表され、1940年にO・ヘンリー賞を受賞している。今回のこの本の絵はアンジェラ・バレットが描いている。ここには英語版の表紙を載せたが、わたしが読んだのは片岡しのぶ訳の日本語版である。

実はこの絵本を安曇野市の図書館で借り、その前に伊那市の図書館でも借りているのに気づいたのが通院の関係で伊那高原に来た今夜だった。いつも絵本なども何冊かを借りるので、読まないで返してしまう事もある。時間の関係で手ごろな絵本を先に読み、文字数の多い本は返却してしまうことが多いのだ。

気づかずに同じ本を安曇野と伊那高原で二冊借りていたのだ。これは読まなくてはなるまいと思った。この傷ついた野鳥を胸に抱く表紙の少女が俺を呼んでいると思った。

そして一気に読み、各ページの絵にも感動した。野鳥たちや野生の動物たちの命にあたたかな心を寄せる人々にはぜひお薦めしたい本である。この本と出合わずに人生を終えることは、とても、もったいない。

この本が発表されたのは世界大戦の時代である。そうした時代背景の中で、背中に、左手に障害を負った心優しき青年の暮らすのは海辺の湿地帯にある古い空き家となった灯台。全長六メートルのヨットで時々近くの村へ買い物に出る画家であり、野鳥保護にも尽力する孤独な青年の元に、ある日、一人の少女が瀕死のグースを抱いて助けを求めて来たところから、この物語は静かに始まる。

そして、この少女は私にも呼び掛けて来たのだ。安曇野にも毎年冬になるとシベリヤからの白鳥や他の渡り鳥がたくさんやって来る。来週はぜひ会いに行こうと思う。






2019年1月14日月曜日

強烈な画家 ゴッホとゴーギャン

ゴッホの最後の作品と言われる麦畑とカラスの絵
「伝道師として挫折した私は絵画を通じて、救い、救われたかった」。1880年(27歳)、ヴィンセント(ゴッホ)はテオへの手紙の中で画家を目指すことを告白し、取りつかれたように素描(デッサン)の特訓を開始する。父親が牧師だったゴッホは、自分も伝道師として人々に光を与えようと学習をはじめたが、出来なかった為、絵によって光を与えようとした。芸術はヴィンセントにとって「愛を訴える方法」だった。ゴッホの弟テオは兄の生活を助けるべく仕送りを始め、10年後に兄が自殺するまで毎月続けた。質素に暮らしていることを報告する為か「僕の主食は乾パンとジャガイモ、或いは街角で売っている栗だ」「4日間で23杯のコーヒー以外に殆ど何も食べなかった」と弟に書き送っている。テオが多忙で返事を書けないでいると「君が手紙を寄越さないのは僕が金をせびるのを警戒しているのか」と嫌味を書いたが、テオが表向きは親からの送金といって自腹を切っていたことを父より聞かされ、恥じ入ると共に「心から感謝しているし、君が(仕送りを)後悔しないよう決して期待を裏切らない」と誓った。

27歳から絵を描き始め、37歳でピストル自殺をするまでの10年間という短い歳月だが、強烈な作品を遺していることに感動を覚える。

ゴッホの弟テオからヴィンセント(ゴッホ)の死を知らされたゴーギャンはすぐに追悼の手紙を書いた。「痛ましい知らせを受け取り、深い悲しみに沈んでいます。このようなときに、月並みなお悔やみの言葉をかけるつもりはありません。あなたもご承知のように、彼は誠実な友人でした。そして私たちの時代における数少ない本当の芸術家でした。作品の中に彼はずっと生き続けることでしょう。彼がいつも“岩はいずれ砕けるが言葉は残る”と言っていたように。 私もこの眼と心で、作品の中の彼に会うつもりです~P.ゴーギャン」

このゴッホの友人であったゴーギャンもわたしを引き付ける画家である。ゴッホとゴーギャンに関する書を一度じっくり読んでみたいと思っている。
『黄色いキリストのある自画像』 ゴッホと別れた直後のゴーギャンの自画像






日本キリスト教会 豊科教会 牧師丸山文雅

 〇豊科教会の礼拝は 日曜日午前10時15分からです。 〇礼拝前の9時45分~から30分間は、讃美歌をたくさん歌います。 〇どなたも自由に出席ください。場所はJR大糸線の豊科駅のすぐそばです。徒歩一分。 駐車場は広い庭をご利用下さい。礼拝が終わるのは11時前後です。礼拝後は、お茶...