2019年3月31日日曜日
2019年3月18日月曜日
絵本 One Morning in Maine
大型絵本日本語訳では「海辺のあさ」の原本英語版を安曇野市の図書館で目にして読んでみました。英語力のないわたしなので、スマホの翻訳アプリを利用しながら読みました。五歳とか六歳ごろに、こどもの歯から、大人の歯にぬけかわる時期があります。
主人公のSalと妹のジェインとやさしい両親家族は海辺の家に住んでいます。ある朝、サルは歯がグラグラしていることに気づき、ビックリ!
母親からはお姉さんになる証拠だといわれます。海辺のアザラシや鳥たちにも、自分の歯に起こった変化を話します。
日常の出来事をみごとな味のある絵と文で描いた絵本としては長編です。まあ長編と感じたのはわたしに英語力がないためだったかもしれません。
日常の出来事をみごとな味のある絵と文で描いた絵本としては長編です。まあ長編と感じたのはわたしに英語力がないためだったかもしれません。
抜けた歯を枕の下にして眠ると願い事がかなうと母親が言っています。わたしが子どもの時は、抜けた歯が下なら屋根に、上の歯なら縁の下に投げるとまた歯が生えて来ると友達と話していた時のことを思い出しました。
難しい単語と、その訳のページがあったので以下に記しておきます。
wiggle out of (身をくねらせて〜から抜ける)、wiggle
(小刻みに動く)、come out (抜ける)、clam (ハマグリ、
アサリなどの二枚貝)、fish hawk (ミサゴ)、loon (水潜り鳥)、
duck (ひょいと頭を引っ込める)、herring (ニシン)、seal
(アザラシ)、stoop (かがむ)、mussel (イガイ)、solemnly
(真面目に)、wade (水中を歩く)、gravel (砂利)、grunt
(〜をうなるように言う)、concerned (心配そうな)、
sympathize (気の毒に思う)、pebble (小石)、hunt (探す)、
reluctantly (しぶしぶ)、scramble (急いで〜する)、
convince oneself (自分を納得させる)、tumble (落ちる)、
preserver (救命道具)、outboard motor (船外機)、
sputter (プッスンプッスンと音を立てる)、ashore (岸へ)、
plier (ペンチ)、tunk (トントン打つ)、spark plug
(点火プラグ)、dictate (指図する)、ruin (損なう)
くらいでしょうか。
2019年3月4日月曜日
島崎藤村
安曇野市図書館から島崎藤村の伝記本を借りた。挿絵がたくさん入り、読みやすい伝記本である (信濃の伝記シリーズ3郷土出版社刊)。
わたしの高校時代の国語の教師馬場八之進先生は九十一歳の時に、わたしたちの同級会に出席して下さった。戦争で右腕を失い、国語の授業ではコツコツとチョークの音を響かせて黒板に左手で文字を書く姿が印象的だった。
クラス会の席で「先生は学生時代にどんな本を読んでいたんですか?」と聞くわたしに馬場先生は島崎藤村の作品をよく読んだと言った。
たまたま図書館で藤村の伝記本を目にして、すでに亡くなってしまった馬場先生の言葉を思い出し、借りて来た。またネットで藤村の生涯について調べると以下のような一文もあった。
「共立学校(現・開成高校の前身)など当時の進学予備校で学び、明治学院本科(明治学院大学の前身)入学。在学中は馬場孤蝶、戸川秋骨、北村季晴らと交友を結び、また共立学校時代の恩師の影響もありキリスト教の洗礼を受ける。学生時代は西洋文学を読みふけり、また松尾芭蕉や西行などの日本古典文学も読み漁った。」
「また教師時代に教え子の佐藤輔子を愛し、教師として自責のためキリスト教を棄教し、辞職する。その後は関西に遊び、吉村家に戻る。1894年(明治27年)に女学校へ復職したが、透谷が自殺。さらに兄・秀雄が水道鉄管に関連する不正疑惑のため収監され、翌年には輔子が病没。この年再び女学校を辞職し、この頃のことは後に『春』で描かれる」。などの記事が見られた。
2019年1月30日水曜日
The Snow Goose
実はこの絵本を安曇野市の図書館で借り、その前に伊那市の図書館でも借りているのに気づいたのが通院の関係で伊那高原に来た今夜だった。いつも絵本なども何冊かを借りるので、読まないで返してしまう事もある。時間の関係で手ごろな絵本を先に読み、文字数の多い本は返却してしまうことが多いのだ。
気づかずに同じ本を安曇野と伊那高原で二冊借りていたのだ。これは読まなくてはなるまいと思った。この傷ついた野鳥を胸に抱く表紙の少女が俺を呼んでいると思った。
そして一気に読み、各ページの絵にも感動した。野鳥たちや野生の動物たちの命にあたたかな心を寄せる人々にはぜひお薦めしたい本である。この本と出合わずに人生を終えることは、とても、もったいない。
この本が発表されたのは世界大戦の時代である。そうした時代背景の中で、背中に、左手に障害を負った心優しき青年の暮らすのは海辺の湿地帯にある古い空き家となった灯台。全長六メートルのヨットで時々近くの村へ買い物に出る画家であり、野鳥保護にも尽力する孤独な青年の元に、ある日、一人の少女が瀕死のグースを抱いて助けを求めて来たところから、この物語は静かに始まる。
そして、この少女は私にも呼び掛けて来たのだ。安曇野にも毎年冬になるとシベリヤからの白鳥や他の渡り鳥がたくさんやって来る。来週はぜひ会いに行こうと思う。
2019年1月14日月曜日
強烈な画家 ゴッホとゴーギャン
ゴッホの最後の作品と言われる麦畑とカラスの絵
「伝道師として挫折した私は絵画を通じて、救い、救われたかった」。1880年(27歳)、ヴィンセント(ゴッホ)はテオへの手紙の中で画家を目指すことを告白し、取りつかれたように素描(デッサン)の特訓を開始する。父親が牧師だったゴッホは、自分も伝道師として人々に光を与えようと学習をはじめたが、出来なかった為、絵によって光を与えようとした。芸術はヴィンセントにとって「愛を訴える方法」だった。ゴッホの弟テオは兄の生活を助けるべく仕送りを始め、10年後に兄が自殺するまで毎月続けた。質素に暮らしていることを報告する為か「僕の主食は乾パンとジャガイモ、或いは街角で売っている栗だ」「4日間で23杯のコーヒー以外に殆ど何も食べなかった」と弟に書き送っている。テオが多忙で返事を書けないでいると「君が手紙を寄越さないのは僕が金をせびるのを警戒しているのか」と嫌味を書いたが、テオが表向きは親からの送金といって自腹を切っていたことを父より聞かされ、恥じ入ると共に「心から感謝しているし、君が(仕送りを)後悔しないよう決して期待を裏切らない」と誓った。
27歳から絵を描き始め、37歳でピストル自殺をするまでの10年間という短い歳月だが、強烈な作品を遺していることに感動を覚える。
ゴッホの弟テオからヴィンセント(ゴッホ)の死を知らされたゴーギャンはすぐに追悼の手紙を書いた。「痛ましい知らせを受け取り、深い悲しみに沈んでいます。このようなときに、月並みなお悔やみの言葉をかけるつもりはありません。あなたもご承知のように、彼は誠実な友人でした。そして私たちの時代における数少ない本当の芸術家でした。作品の中に彼はずっと生き続けることでしょう。彼がいつも“岩はいずれ砕けるが言葉は残る”と言っていたように。 私もこの眼と心で、作品の中の彼に会うつもりです~P.ゴーギャン」
このゴッホの友人であったゴーギャンもわたしを引き付ける画家である。ゴッホとゴーギャンに関する書を一度じっくり読んでみたいと思っている。
『黄色いキリストのある自画像』 ゴッホと別れた直後のゴーギャンの自画像
「伝道師として挫折した私は絵画を通じて、救い、救われたかった」。1880年(27歳)、ヴィンセント(ゴッホ)はテオへの手紙の中で画家を目指すことを告白し、取りつかれたように素描(デッサン)の特訓を開始する。父親が牧師だったゴッホは、自分も伝道師として人々に光を与えようと学習をはじめたが、出来なかった為、絵によって光を与えようとした。芸術はヴィンセントにとって「愛を訴える方法」だった。ゴッホの弟テオは兄の生活を助けるべく仕送りを始め、10年後に兄が自殺するまで毎月続けた。質素に暮らしていることを報告する為か「僕の主食は乾パンとジャガイモ、或いは街角で売っている栗だ」「4日間で23杯のコーヒー以外に殆ど何も食べなかった」と弟に書き送っている。テオが多忙で返事を書けないでいると「君が手紙を寄越さないのは僕が金をせびるのを警戒しているのか」と嫌味を書いたが、テオが表向きは親からの送金といって自腹を切っていたことを父より聞かされ、恥じ入ると共に「心から感謝しているし、君が(仕送りを)後悔しないよう決して期待を裏切らない」と誓った。
27歳から絵を描き始め、37歳でピストル自殺をするまでの10年間という短い歳月だが、強烈な作品を遺していることに感動を覚える。
ゴッホの弟テオからヴィンセント(ゴッホ)の死を知らされたゴーギャンはすぐに追悼の手紙を書いた。「痛ましい知らせを受け取り、深い悲しみに沈んでいます。このようなときに、月並みなお悔やみの言葉をかけるつもりはありません。あなたもご承知のように、彼は誠実な友人でした。そして私たちの時代における数少ない本当の芸術家でした。作品の中に彼はずっと生き続けることでしょう。彼がいつも“岩はいずれ砕けるが言葉は残る”と言っていたように。 私もこの眼と心で、作品の中の彼に会うつもりです~P.ゴーギャン」
このゴッホの友人であったゴーギャンもわたしを引き付ける画家である。ゴッホとゴーギャンに関する書を一度じっくり読んでみたいと思っている。
『黄色いキリストのある自画像』 ゴッホと別れた直後のゴーギャンの自画像
2018年12月27日木曜日
「心は量子で語れるか」
今回紹介する本は「心は量子で語れるか」です。本書は、「今世紀における天才数学者の一人に数えられるロジャー・ベンローズが、彼自身の量子論や宇宙論の知識を駆使して、人間の「魂」の根源に迫ろうとした力作です」と、この書の最初のページに翻訳者が書いている。まあ、犬たちやわたしにはチンプンカンプンだが、ローズの目指すところには興味があるので分からないところや語句はパソコンの助けをかりている。
このベンローズの理論に反対するホーキングの意見も載せている。ローズにとってホーキングはブラックホールの謎に一緒に取り組んで来た研究仲間であったが、人間や犬など、さらに植物などの「意識」や「魂」にも数学者としてまた物理学者として目を向け、物質一辺倒のホーキングとは別の道へ踏み出したのだ。
彼は21世紀物理学の進むべき道をさぐる、勇気と実力をそなえた数学者・物理学者だと思う。しかし、彼の本はどれも難しい。そして「皇帝の新しい心」とか「心の影」とかの本は他の本と比べ値段が高すぎる。出版社は電子書籍にして価格を安くすべきだ。だから買わない。理解できない本を足元に置いたりしていたら転んで骨折でもしたら医療費もかさむ。ただでさえ糖尿病や痛風や歯のメンテナンスで出費してるからだ。
2018年11月22日木曜日
♬ しずかなよる ♬
明日の朝、ここ伊那高原にも初雪の予報がでた。すでに昨夜の雨は、山では雪となり、南アルプスの仙丈ケ岳や中央アルプスの駒ヶ岳はクッキリと雪景色になっている。いよいよ麓も雪の舞う初冬となったようだ。来月はクリスマスをむかえる。今日は近くの図書館で何冊かを借りて来たが、その中の一冊がここに紹介する絵本クリスマスのうた「しずかなよる」である。カソリックの女子パウロ会出版である。
毎年、クリスマスの季節になると、街のあちこちに「きよしこの夜」のうたが流れます。世界中の人々に親しまれているこの讃美歌は、どのようにして生まれたのでしょうか?本書に掲げられた短いお話が、その由来を物語っています。およそ180年まえ、オーストリアのオーベンドルフ村で起こった出来事です。
この「きよしこの夜」の作詞、作曲者については諸説あるが、田舎の小さな教会のオルガンがクリスマスを前に故障した時に、牧師(あるいは神父)が、クリスマスにちなんだ詩を書いたという点では一致している。
クリスマスは神の独り子がこの世に誕生したことを感謝し祝う時です。機会があったらぜひ、みなさんにも読んでいただきたい一冊です。
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