2020年10月26日月曜日

見事なオリオン座が目の前にあった。

 朝の五時少し前、犬のトイレで西向きの教会玄関の扉を開けた。まだ夜であった。足元に気を付け顔を上げると正面の左上空に一目でそれと分かるオリオン座が大きな空間を占めて輝いていた。思わずオーっと声が出そうになった。

ぼくたちは宇宙の中に生かされているんだナーと、星空を見上げるたびに実感する。北斗七星は街灯や隣の建物などで確認できなかったが、あちこちにキラキラと星が散らばり輝いていた。今朝も冷え込みが厳しい。

機会をとらえて、みなさんも是非夜空を見上げてみましょう。ぼくたちは一つの惑星、地球という惑星に生きていることを実感させられます。まさに生かされている存在であることを、謙虚に実感することが出来ます。創造者なる神は存在するのです。


2020年10月19日月曜日

雨蛙の能力に驚き Amazing ability of tree frog

                    


素晴らしい秋晴れの中を、犬たちと散歩した。この前までロッキーと川下りで一緒に泳いだ犀川の東岸沿いの道から眺める自然の全ては、秋の陽射しであふれていた。すじ雲や羊雲が高い空に輝き、青空が広くどこまでも遠く、深く輝いていた。

その爽やかで、小春日和の爽やかな中に、近くの稲刈りを終えた田んぼから、雨蛙の「クワッ、クワッ、クワッ」と鳴く声が大きく響いて来た。久しぶりに聴く懐かしい鳴き声に、わたしはニッコリ。「明日は雨かなー、しかし、こんなに素晴らしい秋晴れだ。西山の上も、東山の上にも雲一つないのになー、そうか、あいつ仲間でも呼んでいるのかな」と妻に言った。

「そうだね、雨になりそうな天候にはみえないね」と応えた。

ところが、帰ってスマホで明日の安曇野地方の天候を調べて驚いた。その日の夜半から冷たい雨予報だった。そしてその通り夜半から雨となり、翌日も一日中雨となったのだ。

教会横の隣家の畑から、また伊那高原の自宅の周囲からも、この雨蛙の声が響くと、不思議と翌日に天気が崩れ、雨となる。いやー、蛙さんは凄い能力を確かに持っているのだ。

「雨蛙の声が響くと、翌日は雨になる」との、昔からわたしが耳にして来たことは、本当なんだなー」と感心して、夜半からの雨音を聞き、蛙さん、冷たい雨だから風邪ひくなよと思いながら、わたしは眠りについたのだった。


2020年9月14日月曜日

2020 夏の終わり

 9月13日の早朝に雷鳴があり、雨も降った。日曜礼拝後、少し迷ったが、今日が最後だから四賀村のB&G室内プールへいつものように出かけた。この日でプールは閉場となる。

一キロほどを泳いで、プールに「また来年!」と感謝と別れを告げた。山間にあるコンビニの駐車場で牛乳パンを食べながら、目の前のコスモスにアゲハ蝶がとまり、大きくしならせて蜜を吸っているのを見た。その向こうには色づいた小さな稲田、さらにむこうには山々が続き、空は薄ブルーだった。


その時、ふっと悲しみの感情が湧きあがり涙がこぼれそうになった。夏の終わりはいつも寂しい。牛乳パンの半分と、安曇野市内に入って買った牛丼中盛を土産に教会へ帰った。

この一夏、留守番をしてくれた犬たちと妻への感謝をこめた、パンは妻に、牛丼は犬たちへのささやかなプレゼントである。

2020年8月20日木曜日

安曇野も伊那高原も35℃の猛暑

 暑さの中にあるみなさんに 暑中お見舞い申し上げます。愛犬ロッキーと安曇野の犀川を流れ下る夕暮れです。暑いけれどぼくは夏が好きです。しかし、暑い夏であり、トムソーヤの歌のように「のんびりと 陽気に 力強く」歩こうと思う。76歳になってまで、あくせくすることはないし、暗い顔でいることもない。何よりも聖書の言葉に力をいただき、走るのではなく、自分らしく歩きたいと思う。

2020年7月15日水曜日

戦地に行くことがあたりまえの青春

                    
三重県から東京に出て、現在の日大映画科へ一浪の翌年に入学した竹内浩三が、残した日記には彼のありのままの言葉が記されている。そして23歳でフィリピンで戦死。その日記が、彼は早くに両親を亡くしていて、ただ一人の肉親であった、すでに結婚していた姉の手元に送られていて現存。この日記は昭和19年1月1日に始まり7月21日で終わっている。部隊に所属してからもトイレで日記や詩などを書き続けた二冊の日記である。
無名の一青年の青春の日々の記録は、心を打つ。生きるとは何か、死ぬとは何かを、読む者にも問われる書である。
彼の東京での学生の日々、失恋の連続、姉に金を送ってもらっての生活。わたしの東京での青春とも重なり、懐かしい日記である。しかし、ぼくとの一番の違いは、時代です。戦地行き、死ぬことが分かっていて出かける戦地、これが、当時の若者たちの強制的な道だったのだ。


2020年5月21日木曜日

白紙と思われていた死海文書の断片、肉眼では見えない文章発見

                                                         
写真をクリックして拡大するとヘブル語の一部が確かに見える。

 英マンチェスター大学が所蔵する「死海文書」の断片に、肉眼では見えない文章が書かれていることが明らかになった。これまで、同大所蔵の死海文書51点には何も書かれていないとみられていた。しかし特殊なカメラを利用した調査の結果、うち4点にヘブライ語やアラム語の判読可能な文章が含まれていることが判明した。死海文書はイエス・キリストの時代にさかのぼる最古のヘブライ語聖書写本などで構成されており、研究者は長年、より深い理解を目指して調査に取り組んできた。マンチェスター大の声明によると、最も内容が充実した断片には15~16文字からなる文章が4行書かれていた形跡がある。保存状況は部分的だが、「Shabbat(安息日)」の単語を明確に読み取ることができ、同大は「エゼキエル書46章1~3節に関連した文章の可能性があるとみている。

死海文書を巡っては最近、偽物と判明するケースも出ているが、今回の断片は本物で、ヨルダン川西岸のクムラン洞窟で死海文書が初めて発見された際に発掘された。ヨルダン政府は1950年代、これらの断片を英リーズ大の専門家ロナルド・リード氏に寄贈。リード氏は研究結果をまとめて発表したものの、文章の発見には至らなかった。一連のコレクションは97年にマンチェスター大に寄付されて以来、ほぼ手つかずの状態だったが、最近になってロンドン大学キングス・カレッジのジョーン・テイラー教授が調査に乗り出した。テイラー氏は断片のひとつに文字が書かれている可能性があるとみて、マルチスペクトル画像法による撮影を実施。すると、肉眼では見えなかった文章の存在が明らかになった。(5/21/2020 CNN)

   いやー、いいニュースだ!   死海文書のイザヤ書に続いて、これは大きな発見だと思う。神の民、イスラエル民族の大きな役割の一つは、ユダヤ人律法学者でキリスト者であるパウロが言っているように「神の言葉の管理者」としての役割を担ってきてが、ここにエゼキエル書の一部にしても、判読できる状態になったことは、聖書を神の言葉と信じる一牧師としてのわたしにも、今回の発見は大きな期待と喜びである。解読結果が待たれる。

2020年5月7日木曜日

爽やかな風の中で

連休は伊那高原の自宅で過ごした。庭の草刈りや小さな畑にプチトマトの苗を三本植えたり、家の周りの草取りもした。

そして今日の木曜日は安曇野の教会へ戻った。夕方か明日に、草刈り機で駐車場周辺の手入れをしようと思う。伊那から安曇野への道中では、途中で犬の散歩もし、新緑の季節の風に吹かれて、素晴らしい景色に心もなごみ解放感いっぱいであった。

鳶やアオサギ、白鷺、セキレイ、ウグイス(声だけ)などの野鳥の姿にも出会い、ロッキーは天竜川の流れで泳いだりもした。本当に良い季節になりました。


日本キリスト教会 豊科教会 牧師丸山文雅

 〇豊科教会の礼拝は 日曜日午前10時15分からです。 〇礼拝前の9時45分~から30分間は、讃美歌をたくさん歌います。 〇どなたも自由に出席ください。場所はJR大糸線の豊科駅のすぐそばです。徒歩一分。 駐車場は広い庭をご利用下さい。礼拝が終わるのは11時前後です。礼拝後は、お茶...