2022年5月23日月曜日

今年はアカシアの花が咲いた

 


アカシアの花が昨年は、咲かなかった。不思議な事だ。良く柿などでは、ならない年があると聞く、アカシアの花は、安曇野に来てから初めてのことであった。最初は咲く季節を間違えたかと思ったが、そうではなかった。

今年は注意して観察した。五月中旬になると、犬との散歩でよく行く、犀川の河川敷で、今年はアカシアの花で埋め尽くされた。早速一枝とって来て、天ぷらにして食べた。天ぷらうどんである。

伊那に来る途中でも、辰野を少し過ぎた所で、犬との散歩をしているが、そこでもアカシアの花が盛んに咲いていて、良く咲いている枝をもらって来て、天ぷらにした。こうして見ると、やはり昨年はアカシアの花が、明らかに咲かなかったのは、間違いない。

まあ、いい。これだけ今年はあちこちで、盛んに咲いてくれている。のだから。昨日、伊那に来たが、カッコウの鳴き声を聞いた。そして夜に激しい雷雨。カッコウが告げるのは夏。雷は梅雨である。いよいよ、夏を前に梅雨の季節に入るらしい。

2022年4月19日火曜日

 教会の桜は今年も見事に満開となり、花吹雪も凄かった。ぼくはマウンテンバイクでその下の道路を走る。こんどは花桃の花が満開で、これも見事である。野に出ると、野の草花が咲き始め、こちらも見事である。いい季節である。

図書閣で「3つのなぞ」の絵本と出会って、借りて来た。いい絵本である。絵もいい。

「人生のなかで、迷い、立ち止まるとき、心の奥に問いかける…わたしたちは、どう生きるべきか―そのこたえを求めて、ニコライ少年と一緒に、3つのなぞを解く旅に出よう。アメリカの絵本作家ジョン・J.ミュースがロシアの文豪トルストイの名著『三つの疑問』を子どもたちに親しみやすい形にかえ、人としての真理をやさしく説きます。」

日の暮が、遅くなり7時近くまで、自転車に乗れる。何回かに分けて、教会の周りの道路を乗り回しています。






2022年2月23日水曜日

今 中国で何が行われているのか。

【 いま、中国の新疆ウイグル自治区では何が行われているのか?

命がけで強制収容所から逃れた女性が証言する衝撃的な実態!

著者は新疆ウイグル自治区で生まれ育ったカザフ人女性。
医師であり教師であり、二人の子供をもつ母親。
日に日に住民に対する監視態勢が激化するなか、ある日突然、拘束されて
再教育施設と呼ばれる強制収容所に連行される。
そこで行われていたのはウイグルに生きる少数民族への想像を絶する弾圧だった。
自分たちの言葉を禁じられ、伝統も文化も宗教も奪われて中国共産党への忠誠を誓わされる。
繰り返される拷問、洗脳、レイプ。そしてその先に待ち受ける死。
命がけで隣国カザフスタンに脱出した著者は、2018年、法廷に立って
ウイグルで現在進行中の地獄のような実態を証言した。
その衝撃的な事実は各国の主要メディアによって次々と報道され世界中に激震が走った――。

繰り返される脅迫にもひるむことなく勇気ある証言を行った著者に対して、
2020年には米国務省から国際勇気ある女性賞(IWOC)、
2021年にはニュルンベルク国際人権賞が授与されている。】

このことを知っている人は、少ないのではないか。かってのアウシュビッツを思わせる。歴史の中で、繰り返される、民族差別。ジェノサイド。しかし、歴史を最終的に支配されるのは、聖書の神てある。こうした事が許されるはずがない。日本もかって、中国で、朝鮮で行って来たことである。私たちは詩編2編を読む必要がある。




2022年2月21日月曜日

野の草花にも神の愛

 


安曇野地方、春の湿った雪が降り、地面にたっぷりと水分を取り込み、早春の草花の季節が近づきつつあるのを感じる。

礼拝に三つの大きな球根をいただいた。球根は大きく、ヒヤシンスだという。この年になってヒヤシンスの球根を知らなかったのだ。

大型犬がいなくなり、急に草花に目が向くようになったのだ。調べて見ると、これからどのような花が咲くのか分かった。

そうか、ヒヤシンスね。ラナンキュロスという花にも興味がでてきた。花店で見ている内に、その花の名前を覚える。神の愛をかんじる。神の創造されるものは、みな美しい。


2022年2月4日金曜日

「しウイシア」の花鉢を買う

このところ、晴天が続いている。犬との散歩で田園へ出ると、西山はまだ冬の顔である。常念岳は雪の雄大な姿で、有明山は寒々とした姿で、独特の形で聳え立っている。北アルプスは真っ白な峰を輝かせ、吹いてくる北風は冷たく、冬そのものである。

しかし、風のない日は、背中にあたる陽光に春を感じる。日も少し長くなって来た。しかし、風が吹くと、そのポカポカ感は消えて、冬のそれに戻るが、太陽の高さは、中央に寄り、影は濃くなって来ている。

帰りに、田園のなかにある、大型スーパーに寄って、今日は花を買った。鉢に植えられた花で、ピンクの花びらが可愛い。礼拝の講壇にと思ったのだ。花の名前は「しウイシア」とある。初めて聞く名だが、なかなかいい花である。これで、シクラメンとヒアシンスの芽とこのしウイシアの三つを、朝の太陽光に当てながら、春を待とうと思う。


2022年1月14日金曜日

ロウバイの花

安曇野地方、十四日の朝は10センチを超える雪であった。その雪の中、今年も雪の中にロウバイの花が咲いている。十年ほど前だろうか、山口の知人から種を送ってもらい、蒔いた種が、目を出し成長して、人の背丈を超える樹となり、周囲にほのかな香りを放ち、咲いている。

その黄色の花が、この季節に見せる教会の庭の唯一の花てある。冬の花と言えば、私の場合、このロウバイの花である。

この正月に読んだ本で、「宇宙はなぜ美しいのか」村山斉著(幻冬舎)は、宇宙がこんなに美しいのか、その秘密を3つ挙げて、説明した本である。その一つ目は、「高い対称性」、そして二つ目は「簡潔さ」そして三つ目に「自然な安定感」にあるとしている。

冬の夜空に冴えわたる、オリオン座は見事である。冬の夜に一読をお薦めしたい。


 

2021年12月28日火曜日

犬たちからの贈り物

 

今年も後わずかである。毎年の事だが、少しのんびり出来る時である。妻は何かと忙しそうであるが、ぼくはロッキーがいなくなり、一人での散歩に出る。今日は風が冷たく強い風で、体が持っていかれそうになる。

歩くといことを、犬たちから学んだ。歳も歳だし、体を意識的に動かすことが必要になって来た。毎日、風か吹いても雨が降っても、例え吹雪になっても欠かさない。でも不思議なもので、何十年とやって来ると、体が自然とそうなって行く。

散歩であるから、距離も時間も知れいる。コースによっては、三十分の時もある。多い時でも一時間を超えることはない。毎日が大切なのだ。もう体に沁みついている。

ここに載せたのは、ユージン・ミラーというアメリカの報道写真家のものである。幼い兄と妹が手をつなぎ、歩いている平和な写真である。歩くということは、人間の原点のような気がする。ぼくは、犬がいなくなってからも、伊那高原で、安曇野の自然の中を歩き続けようと思う。


日本キリスト教会 豊科教会 牧師丸山文雅

 〇豊科教会の礼拝は 日曜日午前10時15分からです。 〇礼拝前の9時45分~から30分間は、讃美歌をたくさん歌います。 〇どなたも自由に出席ください。場所はJR大糸線の豊科駅のすぐそばです。徒歩一分。 駐車場は広い庭をご利用下さい。礼拝が終わるのは11時前後です。礼拝後は、お茶...